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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)10502号 判決 1987年8月28日

原告(反訴被告) 株式会社高順 外三名

被告(反訴原告) 下平迪夫 外二名

主文

一  被告(反訴原告)下平迪夫は、別紙第一目録記載の商標権に基づき、同福原一道、同稲葉達子は、右商標権についての専用使用権の共有持分に基づき、原告(反訴被告)らが別紙第二ないし第四目録記載の各物件を製造販売することの差止めを求める権利を有しないことを確認する。

二  被告(反訴原告)らは、原告(反訴被告)らが行う別紙第二ないし第四目録記載の各物件の製造販売行為が別紙第一目録記載の商標権又は右商標権についての専用使用権を侵害する行為である旨を原告(反訴被告)らの右各物件の販売取引先に陳述又は流布してはならない。

三  被告(反訴原告)らの反訴請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、本訴、反訴を通じて被告(反訴原告)らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告(反訴被告)ら

(本訴請求の趣旨及び反訴請求の趣旨に対する答弁)

主文同旨

二  被告(反訴原告)ら

(本訴請求の趣旨に対する答弁)

原告(反訴被告)らの請求をいずれも棄却する。

(反訴請求の趣旨)

1 原告(反訴被告)らは、別紙第二ないし第四目録記載の各物件を製造し、販売し、販売のために展示してはならない。

2 原告(反訴被告)らは、被告(反訴原告)らに対し、別紙謝罪広告目録記載の謝罪文を同目録記載の要領で同目録記載の新聞に掲載せよ。

3 訴訟費用は、本訴、反訴を通じて原告(反訴被告)らの負担とする。

4 1につき仮執行宣言。

第二当事者の主張

一  本訴請求の原因

1  被告(反訴原告)下平迪夫(以下「被告下平」という。)は、別紙第一目録記載の商標権(以下「本件商標権」といい、その登録商標を「本件商標」という。)の商標権者であり、被告(反訴原告)福原一道、同稲葉達子(以下「被告福原」、「被告稲葉」という。)及び訴外中川洋は、本件商標権の専用使用権(以下「本件専用使用権」という。)の共有者である。

本件商標の構成は、別紙商標図記載のとおり「通行手形」の文字を縦書きにしたものである。

2  原告(反訴被告)ら(以下「原告ら」という。)は、別紙第二ないし第四目録記載の各物件(以下「本件各物件」という。)を製造販売している。

3  被告ら及び訴外中川洋は、昭和五九年四月下旬ごろから同年八月六日ころまでの間数回にわたり、東京都千代田区麹町五丁目一番地所在の訴外財団法人鉄道弘済会に対し、本件各物件の販売は本件商標権を侵害するものであるとして、その販売停止及び原告らとの取引の破棄を申し入れた。

4  被告らには、次に掲げる理由から原告らが本件各物件の製造販売をすることの差止めを求める権利は存しない。

(一) 商標は、自己の営業にかかる商品を他人の営業にかかる商品から区別するための標識として機能することを目的として商品に付されるものであり、商標法は、この商標の自他商品識別機能の維持、保護を目的とする。商標権者が同法に基づき第三者による登録商標の無断使用や類似商標の使用を差止めることができる根拠も、第三者の行為が登録商標の持つ自他商品識別機能を侵害することにある。したがつて、第三者が登録商標と同一又は類似の標章を商品に使用していたとしても、その標章が自他商品を識別するために使用されていると認められない場合には、その標章の使用は「商標としての使用」に当たらず、商標権者は、第三者に対してその標章の使用を禁止できない。

(二) 本件各物件は、別紙第二ないし第四目録記載のとおり将棋の駒形に形成した木札の頂部に鈴を結んだ吊り紐を設けて車内や室内の各所に吊り下げることができるようにし、この木札の一方の面中央部に大文字で「通行手形」と縦書きし、更に右「通行手形」の文字の左右及び木札の他方の面に神仏の加護を受ける文字や名所旧跡・歴史上の人物等の文字・絵をデザインしたものである。このように、本件各物件は、歴史上実際に使用された通行手形を模したものであり、これを見る者をして江戸時代に通行手形なくして関所を通行できなかつたという歴史的事実を想起させるとともに、将棋の駒形や吊り紐等の形状、名所旧跡や歴史上の人物等のデザイン化による装飾的効果とあいまつて、需要者に歴史的事実や旅行等を回想させ、かつ、需要者の図柄等の嗜好ないし趣味感に訴えてその購買意欲を喚起させることを目的としているものである。右のような本件各物件の態様に照らしてみれば、そこに記載された「通行手形」なる文字は、他の構成部分から独立してそれ自体で自他商品の識別をするために使用されているものではないし、実際にも自他商品識別機能を果たしているものではない。

よつて、本件各物件に「通行手形」なる文字を記載しているからといつてこれを商標として使用していることにはならない。

(三) 更に、本件商標権は、第二〇類の「壁かけ、柱かけ」を指定商品としているが、本件各物件は「壁かけ、柱かけ」に当たらない。

商品区分に基づく類似商品審査基準によると、第二〇類の「壁かけ」は、屋内装置用布製品として認められているものであり、また、「柱かけ」は、柱隠と同意義であり、柱の表にかけ、柱を覆つて装飾とするものである。これに対し、本件各物件は、木札であつて布製品とは全く異つており、また、主として記念品とかお守り札を兼ねる通行手形おもちやとして、車内や室内の各所に吊り下げて旅行を懐かしんだり、神仏の加護を祈つたりするものである。したがつて、本件各物件は「壁かけ、柱かけ」に当たらない。

以上のとおり本件各物件は、本件商標権、本件専用使用権を侵害するものではないから、被告らは、原告らが本件各物件を製造販売することの差止めを求める権利を有しないものである。

5  原告らの本件各物件の製造販売は、前項記載のとおり本件商標権及び本件専用使用権を侵害しないものであり、被告らの第3項の申入れは、原告らの営業上の信用を害する虚偽の事実を陳述又は流布したことに当たる。

6  原告らは、本件各物件を、被告らは、将棋駒型の壁かけ、柱かけをそれぞれ製造・販売し、その間には競争関係があるものというべきところ、被告らが前項のとおり原告らの営業上の信用を害する虚偽の事実を陳述又は流布したため、左のとおり営業上の利益を害された。

原告株式会社高順は、鉄道弘済会仙台営業所との取引が、原告株式会社群馬こけしは、同会小田原支部との取引が、原告関東物産有限会社は、同会名古屋支部との取引が、原告酒井昭三は、同会金沢営業所との取引がそれぞれ停止となり、本件各物件の返品引取りを余儀なくされた。以上のとおり原告らは、それぞれ営業上の利益を害された。

7  よつて、原告らは、被告らに対し、

(一) 被告下平は本件商標権に基づき、同福原、同稲葉は本件専用使用権の共有持分に基づき、原告らが本件各物件を製造販売することの差止めを求める権利を有しないことの確認

(二) 不正競争防止法一条一項六号に基づき、原告らの行う本件各物件の製造販売行為が本件商標権又は本件専用使用権を侵害する行為である旨を原告らの本件各物件の販売取引先に陳述又は流布することの禁止 をそれぞれ求める。

二  本訴請求の原因に対する認否

1  本訴請求の原因記載1ないし3の各事実はいずれも認める。

2  同4、5の各事実はいずれも否認する。

3  同6の事実のうち、被告らが原告らの営業上の信用を害する虚偽の事実を陳述又は流布したことは否認し、その余の事実は不知。

三  本訴の抗弁

1  被告下平は、本件商標権の商標権者であり、被告福原、同稲葉は、本件専用使用権の共有者である。

2  原告らは、本件各物件を製造し、全国のみやげ物問屋及び全国各地に散在する観光地のみやげ物店等に販売している。

3  本件各物件の製造販売は次の理由により本件商標権及び本件専用使用権を侵害する。

(一) 商標の類似

本件商標の構成は別紙商標図記載のとおりであり、本件各物件の構成は別紙第二ないし第四目録記載のとおりであるが、本件商標及び本件各物件に付された標章は、いずれも「通行手形」という文字を縦書きにしたものであつて、観念及び称呼において全く同一であり、外観においても字体が若干異なるだけで類似するから、本件各物件に付された標章は本件商標と同一又は類似である。

(二) 商品の類似

(1) 商標法六条一項は、商標の出願は政令で定める「商品の区分」内において商標ごとにしなければならない旨規定している。しかし、商標法は商品社会における商品流通秩序を維持することを目的とするものであるから、商品の類否については現実の流通過程において購買者が商品について出所の誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによつて判断されるべきであり、審査の便宜のために定められた「商品の区分」を根拠として判断されるべきではない。同法六条二項も商品の区分は商品の類似の範囲を定めるものではない旨規定している。

(2) 商品の類似は、実務上(イ)生産部門、(ロ)販売部門、(ハ)原材料及び品質、(ニ)用途、(ホ)需要者の範囲がそれぞれ一致するかどうか並びに(ヘ)完成品と部品との関係にあるかどうかという基準を総合的に考慮して判断される。本件各物件は、右判断基準に照らし、生産部門、販売部門、原材料及び品質、用途並びに需要者の範囲の点で本件商標権の指定商品である「壁かけ、柱かけ」と完全に一致しているから、「壁かけ、柱かけ」と同一であるか又はこれと類似の商品である。

4  商標は、営業者が自己の取扱う商品を他人の商品から区分するために使う標識であつて、商品の出所の表示、換言すれば、何人かの一定業務から出たことを一般人に認識させることがその本来の目的・作用である。そして、商品の出所表示機能は、商標が実際に相当期間にわたつて使用されることにより発揮される。すなわち、商標を使用する者は、取扱う商品の特性に対応して充分にデザインをこらし、かつ目立つように商標を使用することによつて商品を広告し、購買意欲を喚起させる。故に商標は、これが現実に使用されている以上、その使用態様にかかわりなく出所表示機能を果たすのである。

かかる見地から本件各物件に表示された「通行手形」の文字の果たす機能をみるときは、それが購買者をして「通行手形」の標章が表示された商品を記憶させる作用を営んでいるから、出所表示機能を発揮しているといえる。

四  本訴の抗弁に対する認否

1  抗弁1及び2の事実は認める。

2  同3の主張は争う。

3  同4の事実は、否認する。

五  反訴請求の原因

1  本訴の抗弁における主張を引用する。

2  被告らは、抗弁2記載の原告らの行為によつて著しく業務上の信用を侵害されているところ、原告らの右行為は、その故意又は過失に基づくものである。

3  よつて、被告らは、原告らに対し、商標法三六条に基づき、本件各物件の製造、販売及び販売のための展示の差止めを、同法三九条、特許法一〇六条に基づき、被告らの業務上の信用を回復するために必要な処置として、別紙謝罪広告目録記載の謝罪文を同目録記載の要領で同目録記載の新聞に掲載することをそれぞれ求める。

四  反訴請求の原因に対する認否

1  抗弁に対する認否を引用する。

2  反訴請求の原因2の事実はいずれも否認する。

第三証拠<省略>

理由

(本訴について)

一  本訴請求の原因記載1ないし3の事実はいずれも当事者間に争いがない。

本件各物件に付された「通行手形」の文字が商標として使用されたものといえるかどうかについて判断する。

1  思うに商標の本質は、自己の営業にかかる商品を他人の営業にかかる商品と識別するための標識として機能することにあるというべく、このことは、商標法一条が商標を保護することにより商標を使用する者の業務上の信用の維持を図ることを目的の一つとして掲げていることや、同法三条が自他商品の識別力がない商標は登録できない旨を定めていることから窮い知ることができる。このような商標の本質、商標法の規定に鑑みると、商標権者等の差止請求権を規定する商標法三六条は、商標が自他商品の識別標識としての機能を果たすのを妨げる行為を排除し、商標本来の機能を発揮できるようにすることを目的としていると解せられる。したがつて、登録商標と同一又は類似の標章を使用する第三者に対し、商標権者がその使用の差止め等を請求しうるためには、右第三者の使用する標章が単に形式的に商品等に表示されているだけでは足らず、それが、自他商品の識別標識としての機能を果たす態様で用いられていることが必要である。

2  そこで本件についてこれをみるに、成立に争いのない甲第一号証、第八号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第二号証、第一〇号証の三、四、原告ら主張のとおりの写真であることに争いのない甲第三号証ないし第五号証の各一ないし三、弁論の全趣旨により真正に成立したことが認められる甲第一一号証、第一二号証の各一、二、第一七号証の一ないし四、原告主張のとおりの製品であることに争いのない検甲第一号証ないし第三号証及び弁論の全趣旨を総合すると以下の事実を認めることができる。

本件各物件は、別紙第二ないし第四目録記載のとおりの構成をもつものであるが(この点は当事者間に争いがない)、いずれも木製で将棋の駒形に形成されており、その頂部付近に穴があけられてこれに鈴を結んだ吊り紐が結びつけられ、車内や室内の各所に吊り下げられるようにされたものであり、その一方の面の中央部には「通行手形」の文字が縦書きに大書され、かつ、その脇に「交通安全」等の文字が記載され、他方の面には名所、旧跡等にちなんだ文字、風景又は人物の絵などが描かれているものである。江戸時代には、街道を往来する旅人のために通行手形が発行されることがあり、その中には木製で将棋の駒形に形成されたものが存したが、右事実は昔より広く知られていた。とくに昭和四五年にはテレビドラマの中で、木製で将棋の駒形に形成され、表面に「通行手形」なる文字を記載した通行手形の小道具が使用された例があり、また、本件商標権の出願前である昭和四七年七月ころ、右同様の形態をもつた製品が販売されるなどしていた。本件各物件も右のような歴史上実際に用いられた通行手形を模したものであり、そのため前記のとおり木製で将棋の駒形に形成され、その一方の面に「通行手形」の文字が大書されているものである。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

右認定事実によると、本件各物件に付された「通行手形」の文字は、本件各物件が歴史上実際に用いられた通行手形を模したものであることを表現し、説明するため、記述的に用いられているものであり、自他商品の識別機能を果たす態様で用いられているものではないことが明らかである。

3  してみると、原告らが「通行手形」なる文字を付した本件各物件を製造販売したとしても、右「通行手形」の文字を商標として使用していることにはならず、本件商標権、又は本件専用使用権を侵害することにはならないと認められる。したがつて、この点での原告らの主張は理由がある。

三  前記第一項記載の当事者間に争いのない事実及び前項で認定した事実(当事者間に争いのない事実を含む。)並びに成立に争いのない甲第一四号証、第一五号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第一三号証の一、二、第一八号証ないし第二〇号証、乙第七号証ないし第一〇号証、弁論の全趣旨により真正に成立したことが認められる甲第二一号証、第二二号証及び弁論の全趣旨によると本訴請求の原因記載5、6の各事実を認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。

四  以上によれば、原告らの請求は、全部理由があると認められる。

(反訴について)

五 被告らの反訴請求は、いずれも原告らの本件各物件の製造販売行為が本件商標権及び本件専用使用権を侵害するものであることを前提としていることがその主張自体から明らかであるところ、右前提事実を認めることができないことは前記第二項で説示したとおりである。

したがつて、被告らの反訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

六 よつて、原告らの本訴請求はいずれも理由があるから全部認容し、被告らの反訴請求はいずれも理由がないからこれをすべて棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 元木伸 小林正 設楽隆一)

別紙 第一~第四目録、謝罪広告目録<省略>

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